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梨田氏明言、日本ハム監督に「障害ない」
日本ハムが来季監督として招へいする方針を固めた元大阪近鉄監督の梨田昌孝氏(54=日刊スポーツ評論家)が9日、大阪市内で受諾の意向を示した。8日、都内で球団側から非公式な就任要請を受けた同氏は、就任に向けて「障害はない」と発言。近日中に日本ハム大社啓二オーナー(51)からの正式要請を経て、今月中にも「梨田ハム」が誕生する。

 デッカイドー野球だ! すっきりとした表情で姿を現した梨田氏の顔にはそう書いてあった。この日、日本ハムから新監督として白羽の矢を立てられた同氏が、就任に向けて前向きな姿勢を示した。

 「僕には生まれ育った神の国、島根というふるさとがある。でも、野球のふるさとはもうないんだよ。だから日本ハムから声を掛けてもらったことはありがたく思っているし、また野球ができるという幸せをしみじみと感じている」。

 01年に近鉄を率いてパ・リーグ優勝を成就させた。しかし、04年にオリックスとの球団合併によって古巣は消滅し、近鉄バファローズという“帰る家”を失った形だった。そこへ、日本ハムからのオファーが舞い込んだわけだが、この日の梨田氏は札幌行きについて「障害はない」と言い切った。

 12年ぶりVに輝いた01年は防御率4・98がリーグ最低ながら、打率2割8分、211本塁打はトップの成績。ただ、中村紀、ローズを看板にした「いてまえ打線」で頂点に立った近鉄と同じスタイルの野球を札幌に持ち込もうとは考えていない。梨田氏は「そのチーム、状況に合った野球をしたい」と柔軟な姿勢を示した。

 「東京ドームを本拠にした当時の日本ハムは近鉄とノーガードの、ど突き合いの戦いの連続だった。6点とっても、7点とられるような…。でも札幌に移転後は、球場も広くなって、若手が育って、チームも整備され強くなった」。

 前日(8日)には、日本ハム首脳から都内で非公式な就任要請を受けた。3年間の充電期間を経て、再び闘争本能が頭をもたげてきた。「ジェントルマン」「やさしさ」「思いやり」…。周囲が梨田氏を表現するときの形容詞は、いざ野球と接する際には通用しない。グラウンドを見つめる目は厳しい。

 梨田氏は「若手が育っているし、プレッシャーを感じない、北海道のようなノビノビした野球ができればいいと思っている」と、早くも“デッカイドー野球”を遠く思い描いている。近日中に大社オーナーと会談をもち、正式受諾を経て組閣作業に着手する。フロントの球団経営にかける熱意と努力によって、日本ハムは完全に地域密着を遂げた。今月中に誕生する「梨田ハム」が、熱狂的な道産子ファンの後押しを受け、北の大地に黄金期を築きにかかる。
(日刊スポーツ 北海道版 引用)
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